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ドキュメント:絵文字職人たち

Published at December 11, 2017 12:24 a.m.

まえがき

この記事は、半ばmohikanzアドベントカレンダー 11日のために作成しました。
この物語は半フィクションであり、実在する人物・組織とは必ずしも関係ありません。


プロローグ

神は云った。
「絵文字あれ」
すると絵文字が出来た。

こう信じている人々もいるかもしれない。しかし、そんなことはない。

バベルの塔の悲劇から幾千年、人類は言葉の違いや文字による情報伝達の限界に長く苦しめられてきた。言葉の違いは壁となり、幾多の憎しみや悲しみを産み出した。人類の歴史は戦争の歴史と言われるが、戦争の原因には少なからず言葉の壁がある。
絵文字はその壁を乗り越えるべく、人類が情報学や言語学の叡智を結集させて作り上げたものなのである。

絵文字の始まりはポケベルのハートマークだという。
その後携帯電話のメールで絵文字が広く使われるようになり、その文化に着目したGoogleがこれを一般的なものとすべくUnicodeに取り入れることとなった。
こうして日本で生まれた今や"emoji"は今や世界的に広く使われているのである。

初期の絵文字が発達した理由としては、日本の物言わぬ文化や遊び心、当時の(今と比べれば)貧弱な移動通信手段などが挙げられるだろう。伝えたいことをはっきりと言葉にするのではなく、絵で表すことで相手に「察してもらおう」という考え方である。
また、江戸時代に見られる判じ絵のように文章を難読化、暗号化するという遊びを楽しむこともできる。
そして、かつてのポケベルや携帯電話では画面の表示領域が小さく、通信速度も遅かった。しかし、たとえば「よろしくお願いします」という文を🙇という絵文字で表せばこれを節約できるのである。

絵文字

そして今やSNS、メッセージングアプリ全盛の時代。
情報の基本はテキスト形式のままであり、依然として絵文字の果たす役割は大きい。業務の現場でもコミュニケーションといえばかつては対面や電話だったのがメールやチャットへと移行が進んでいる。

そんな今、業務用途を中心にコミュニティや個人でも利用が広がっているチャットツールの1つがSlackである。
Slackの魅力はチャットとしての充分な機能と多様なOSへの対応、そして何より豊富な絵文字機能だろう。Slackは絵文字の入力が容易に行えるようになっているほか、自身の状態を示す「ステータス」を任意の絵文字で設定したり、メッセージに対して絵文字をつける「リアクション」を行うことができる。さらに、どんな画像も絵文字にすることができる。

この機能によって、絵文字のみで様々な表現が可能になっている。
例えば絵文字のみで文章や詩を表現したり、定番の受け答えやメッセージへのツッコミをリアクションで行なったりといった具合である。

   絵文字による定型文表現の例

   絵文字によるリアクションの例

Slackのユーザでこのような絵文字表現が普及していくに従って、絵文字を作成して使えるようにする活動に熱心に取り組む「絵文字職人」と呼ばれる者たちも出てきた。

今回は、この絵文字職人たちにスポットを当てていく。


絵文字職人とは

謎に包まれた絵文字職人の実態を探るべく、我々はある絵文字職人への取材を試みた。
度重なる交渉の末、匿名を条件としてある職人に一日密着取材を許されたので、いよいよその生き様を追っていこう。


絵文字職人とはどういった人間なのか。
端的に言えば、絵文字を作り、Slackにアップロードして皆が使えるようにする役目である。簡単にも思えるが、これがそうはいかない。

絵文字の世界は「下書き三年、描き八年、アップ一生」だという。

彼のSlackが活発になるのは平日日中。就労時間真っ只中である。
チャットというものは対面での会話とさほど変わらない速さで進んでいくことも多く、絵文字が使いたいと思ったらすぐに用意できなければ使いどきを逃してしまう。
「絵文字が欲しくなったらどんなに長くても1分。それ以上は人は待たねえのヨ。」
という時間との戦いだ。
時には話題を先取りして、将来需要がありそうな絵文字を用意することもあるという。
「欲しいと思ったらそこにある、それがやっぱ一番だわな。」

とはいえ、職人といえども一人の会社員である。会社の仕事をしながら絵文字を作り続けることは並大抵ではない。
「まあ忙しくはあるけどヨ、それを言ったら何もできねえじゃねえか。」
何度か弟子をとったこともあるそうだが、想像以上に過酷な日々に耐えかねて職人の道を断念してしまうことが殆どだったという。
将来後継者不足になるのではないか、と問うてみたところ、以外にも職人は志を持つ者の存在を感じ取っていた。
「同じ道を行く奴はこれで意外といるんだわな。誰かが死ねば誰かが自然と後を継ぐ、そういう世界なんだって解ってくるもんヨ。」

作られる絵文字にも、職人のこだわりが生きている。絵文字は小さいため、画面に大きく表示される写真やイラストと同じような感覚で作ってもわかりにくくなってしまうのだ。職人は絵文字の作り方はけして明かそうとしなかったが、それだけのこだわりがあるという。
「今は絵文字ジェネレータとか色々便利なもんもあるけどヨ、やっぱ違うんだわな。1ピクセルを詰める心意気がねえとホントにいい絵文字ってのはできねえのヨ。」
時間と戦いながら細部まで作り込まれた絵文字を生み出すことに命をかける、その目には覚悟が宿っていた。

絵文字に命を懸けているといっても過言ではない打ち込み様だが、一体何が彼を動かしているのだろうか。
「まあ、俺にはこれくらいしかとりえがねえからヨ。そんなに人様の役に立つようなことは言えねえし、ちまちまと絵文字こさえるくらいが俺なりの社会貢献になるかもな、ってな。」
自分の作った絵文字が話題になったり当たり前に使われるようになることが、やはり励みになるという。
「その時にゃあ、ちったあ俺も捨てたもんじゃねえな、って思えるからヨ。」


編集後記

かねてより日本の文化は変わってしまったとよく言われる。
「日本のものづくりは終わった」「最近はなんでもメールだSNSだ、心がこもっていない」と何度目に、耳にしてきただろうか。
我々はそういった評価を覆すような取り組みをしている人々を何度もお伝えしてきたが、今回もまた確かにその系譜に並ぶものだったと断言できる。

職人が生み出す絵文字は生きていた。
この絵文字がある限り、文字だけでも人の心は伝わるだろう。
現代人のコミュニケーションが希薄になることはないし、これから益々進んでいくであろうグローバル化、ボーダーレス社会を陰ながら支えていくことだろう。

さて、まずは編集部に戻って上司にSlackを紹介しなくては・・・